INTERVIEW
出産を理由にゴルフを諦めて後悔したくなかった
ゴルフ界は、幼少期からの英才教育を経てプロとなる人がほとんどである。
しかし、そのプロの世界も合格率はたった3%という超難関の狭き門。
それでも彼女たちは努力を止めない。
2023年11月、そんな精鋭たちが挑む女子プロテストで異彩を放つ新人が誕生した。
それが神谷和奏(かみや・わかな)選手(23)だ。
1998年のツアー制施行後、史上初「ママ」としてプロの狭き門を突破したのだ。
「妊娠がわかってから『子育てとゴルフの両立は難しい』と多くの人に言われました。でも人間には『1日24時間』が等しくあります。
同年代の子たちがSNSをしたり、友達と遊んでいる時間を削って、私はゴルフと子育てに時間を使っていただけ。
ゴルフにかける時間は以前と比べて少なくはなりましたが、子どもを産む前よりも、ゴルフに対しての熱量は上がり、集中して取り組めたと思っています」
4回目となった今回のプロテストは「テスト前から受かる自信があった」という。
「家族を守るという目標ができたら自ずと強くなれたんです。だから周囲からどんなことを言われようと、出産を理由に諦めて後悔したくなかったんです」
家族と共にプロゴルファーとしての第一歩を踏み出した和奏選手、どのようにしてその切符を掴んだのだろうか。
結婚・出産してからのほうが
人生の満足度が高くなった
彼女の1日は早い。朝5時に起床すると、夫の幸宏さんと娘の咲凛ちゃんがまだ寝ている間にジムへ行き1〜2時間のトレーニングを行う。帰宅するとちょうど2人も起きてくる頃。一緒に朝食を取り、娘との時間を過ごす。最近では咲凛ちゃんが保育園に通うようになり、その間にゴルフに集中しているが、それまでは朝だけが貴重なゴルフと向き合う時間だったという。
「結婚するまでの私は、変な罪悪感があってオフを作るのが怖くてたまりませんでした。『休み』と言われても、SNSで他の選手たちの練習風景を見て『まだまだ私には足りない』と思ってしまう。ただただ義務のように四六時中練習していて、ゴルフに対しても楽しいと思えずにいました。続けるのも苦痛だったのですが、辞めるのも怖い。ゴルフにがんじがらめになっていました。そんな時に幸宏さんに出会って、自分の考え方が変わりゴルフに対しての気持ちがラクになりました」
さらに、妊娠がわかって以降は、ゴルフよりも大事なものができたことで、さらにゴルフを楽しめるようになったという。
「お腹に赤ちゃんがいるとわかってからはスッと楽になったというか『この命を守らなきゃ』という方へシフトして、ゴルフに対しての執着がなくなったんです。今までゴルフにがんじがらめだった私が、彼と出会い、子どもを授かったことで、家族という人生で一番大事にしたいものができました。それが逆にゴルフを楽しいと思えるようになったきっかけでもあります」
咲凛ちゃんを出産後、休んだのは3ヶ月ほど。9ヶ月まで授乳をし、その後徐々に軽いトレーニングから体を戻し、ゴルフのできる体を作っていった。
「産後の初ラウンドは出産から約半年経った頃です。9ホールのハーフを担ぎで回りました。感覚は悪くないのに、フワフワとして安定しない感じがありました。球がどっちに行くかわからなくて。体力も落ちていた分、飛距離も伸びませんでしたが、曲がらないのでスコアはまずまず(笑)
出産前と比べて体重は10キロほど落ちたのですが、体重の増減よりも体調を崩さないことを意識して過ごしていました」
妊娠中にACCA公認スポーツ栄養スペシャリストの資格を取り、産後も咲凛ちゃんが寝ている間は勉強の時間に当てていたという。
「咲凛は『眠り姫』と呼ばれるくらいよく眠ってくれる子なんです。だからその間に勉強をすることもできました」
忙な幸宏さんと和奏選手をサポートするのは、近くに住む幸宏さんのご両親と、和奏選手の母親だ。和奏選手の母はこれから控えるツアーに帯同する予定なのだという。
「ツアーは、母と娘と3人で旅をする予定です。普段から育児は大変にならないように楽しんでいます。完璧にやろうとせず、翌日に回せることは翌日にして無理をしないようにしています。私自身、幼少期からゴルフばかりで遊ぶという経験が少なかったので、子育て=遊びのような気持ち。水族館や動物園に家族で行くのは私も子どもに返って一緒に楽しんでいます。だから両立を辛いと思ったことはないですね」
幸宏さんのSNSには、まだよちよち歩きの頃の咲凛ちゃんが、おもちゃのクラブで和奏選手と一緒にゴルフ遊びをしている動画がアップされている。
「練習やゴルフ場にも咲凛を一緒に連れて行きます。最近ではクラブを持って遊んだり、バンカーで遊んだりしています」
咲凛がそばにいてくれたときは力が出るんです
プロテストの日も、咲凛ちゃんは家族と共に帯同していた。通常一人で参加するテストに、和奏選手は幸宏さんと咲凛ちゃん、母と家族で参加。コースには家族が入れないため、近くに家を借り、3人はそこで待機。プレーが終わると家族と共に夕食を取るという、他のライバルたちとは異なり、家族の時間を大事にしながらプロテストに挑んでいた。
プロテスト当日、前半は、スコアを2つ伸ばしたが、後半では、11番でボギー14番ではダブルボギーとし、一時は、合格圏内から後退した。しかし、16番では、6メートルのパットを決めバーディ。最終パーパット。これを入れれば合格という一打。
先の二人も決めたプレッシャーのかかる中、和奏選手も無事カップイン。
「終わった」とホッとした。
テレビのインタビューでも涙を見せた。
最終的にはイーブンパーの72で周り、通算5アンダーの283、19位でプロの夢を掴んだ。
テスト後には、咲凛ちゃんを抱えての記念撮影、咲凛ちゃんはママの名前をしっかり指さしていたのが印象的だ。
「咲凛が近くで待っていてくれるのはとても励みになりました。娘が近くにいないときは叩いてしまうことが多いんです。だからいつもそばにいてもらうようにしています」
勝利の女神は咲凛ちゃんだったのだ。
ツアーで優勝して家族3人で写真を撮りたい
こうした支えになる家族がいるからだろうか。
和奏選手からはネガティブな面が見えてこない。すべてを前向きに捉えようとするポジティブさの中に芯の強さが垣間見える。
「プロテストの日、やっぱり緊張や不安はありました。ネガティブな気持ちが出たときは、コースメモの余白に『自分は焦っている』『みんなも緊張している』『3日目までは緊張していなかったけど、きょうは緊張している』『それでも自分はできる』と気持ちを書き出していました。自分の気持ちを目で見ることができるとモヤモヤがすっきりするし、最後に前向きな言葉で終わらせると調子も上がってくるような気がします。今回のテストでは『ダメだ』と思う自分を作らないことを意識していました。というのも、1回目のプロテストでは、受けたくなくて、受ける前から受からない自信があり(笑)、2回目はただズルズルと気持ちもなく受け、3回目は妊娠中でしたが、一度パスすると次に受けるのが怖くなるような気がして『楽しむ』気持ちだけで受けました。
もともと負けず嫌いというわけでもなく、争い事は好まないタイプなので、自分一人だとモチベーションを保つのが難しかったのだと思います。今は『家族のために』という大きな目標があります。だから頑張れました」
そんな和奏選手の楽しみは何よりも家族との時間。ゴルフは「人生の中の楽しみのひとつ」と割り切っている。
「結婚し、出産したからと言って人生がそこで終わったわけではありません。子どもがいてもいろんなことにどんどんチャレンジしていいと思っています。私の目標は、ツアーで優勝して家族3人で写真を撮ること。家族で支え合い、成長していく姿を応援してくださる方たちにも見せたいです」
このインタビュー中も、時々私たちのインタビューに対して幸宏さんが反応を示してくれながら、少し離れた場所で咲凛ちゃんは幸宏さんと一緒に静かに遊んでいた。
神谷家のあたたかい雰囲気やママを応援する気持ちが、このインタビュー会場にも伝わり、こちらまで幸せなひと時となった。今後の活躍に注目したい。